2012年03月09日のつぶやき

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    19:50
    「被災者」から「尊敬する目指す人」に変わった! http://t.co/KTuPZLAm
    19:48
    「被災者」から「尊敬する目指す人」に変わった! http://t.co/KTuPZLAm #jugem_blog
    19:44
    2011.3.11から363日 http://t.co/bTK0K3ba #jugem_blog

    「被災者」から「尊敬する目指す人」に変わった!

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      久々にPCの被災者フォルダからこの写真を引っ張り出してきた。

      撮影してくれた有村さんの腕もいいのだろうが、なんともいえない笑顔である。

      いつ見ても逆にこっちが元気をもらえる。



      今日、都内の某区役所から「ミシンとプレスとボイラーを被災した同業者の方に寄付したい」という方がいるのでお繋ぎしましょうか?」との連絡が入った。
      真っ先に頭に浮かんだのが、この親子のいる久慈ソーイングさん。
      すぐに電話した。


      昨年の久慈ソーイング

      被災地に支援に入らせていただいて1年が経とうとしているが、この社長とは忘れられない思い出がある。

      最初に会ったときは、震災後、間もない頃だったこともあるが、どちらかというと口数少なく、頑固な職人肌のイメージ。
      しかし、何度か会っていくうちに、実はとても気さくな社長だということがわかった。

      東京にお呼びしたとき、仲間たちとともに夕食をした。
      中田社長も結構飲むほうで、最後は2人で飲みあっていた。
      しかし、酔えば酔うほど涙腺が緩み、最後は二人して居酒屋で泣いてた。

      それからは逆に私が相談することのほうが多くなった。
      どっちが支援者かわからない。
       

      使えなくなったミシン

      昨年5月に伺ったときは、工場内はこのような状況で、ミシンの大半はやられてしまった。
      コンピューターミシンが多いので、海水に浸かると、その部分はほぼ直らない。

      ちなみに壁の青い幕は津波が突き破った穴をふさいでいる状況である。
      写真ではわかりずらいが、あちこちに穴が開いてしまっていて床下もまだ泥まみれだった。

      社員も解雇せざるを得ない。
      社長と息子さんと2人でミシンを分解しては部品を真水につけて直そうとしていた記憶がある。

      当時、口には出さなかったが、これだけ工場や設備がやられてしまい、社員すべてを解雇してしまったら、廃業なり破産という選択をしてもおかしくないだろう。
      しかし、社長はそれをしようとはまったくしなかった。
      いや、本心はわからないが、そんなそぶりも見せなかった。

      だから、野田村のまるきん菓子店の社長を紹介することにした。
      ちょうどまるきんさんの復活オープンイベントを手伝っていたので、そこにお呼びしたのだ。

      隣町だが、お互い被災したこともあり名前は知っていたようだ。
      そして被害状況やなにやらいろいろ話していたようだ。

      そのときの中田社長の顔は今でも忘れない。
      これは勝手なる私の想像だが、まるきんさんがいち早く復活した姿を見て、中田社長は羨ましさ半分と、うちも早く復活するぞ!という決意半分のような複雑な表情をしていたと思う。

      いずれにせよあれから10ヶ月。
      今では27名もの社員を雇用し、本業の水着や新しく始めたシャツの加工をバリバリこなしている。

      たくましい!
      すごい!
      まさに底力である。

      中小企業の「社長の底力」!

      それももちろんある。

      それ以上に感じているのが「親父の底力」だ。
      息子さんやお孫さんを、「家長」として何とか守ろうとしていたのだ。
      そして「社長」として社員を守ろうとしていたのだ。

      10ヶ月もたった最近、ようやくそのことに気がついた。

      俺もそんな親父になりたい!
      俺もそんな社長になりたい!

      今日から中田社長は私からしたら被災者ではない。
      尊敬する目指す人に変わった。

      2012年02月13日のつぶやき

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        16:07
        目に見えない被害 http://t.co/VDhfj09N #jugem_blog

        目に見えない被害

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          2/11 「放射能から命を守る全国サミット」に参加してきた

          場所は福島市 コラッセ福島
          参加したのは「社団法人チームともだち&(株)下請の底力」の私と羽廣くん、そして「NPO法人元気になろう福島」の事務局長 本田さん。

          会場に入ると全国から、福島被災者を支援する団体や個人、そして福島の方々と、数百人も集まっていて、ものすごい熱気だった。
          特に、県外避難者の支援団体が多く、避難者自らで立ち上げている団体も多数あった。

          はじめて福島駅前に来たが、寒いせいか周辺は人通りも少ない。

          被災地支援で入っている方ならお分かりと思うが、被災地の印象は「瓦礫」「建設機械」「作業者」「仮設住宅」「ボランティア団体」等
          しかし、福島駅前や郡山駅前に関しては、それらがほとんど見当たらず、被災地という印象はない。
          そのことが放射能問題の恐ろしさを物語っていると感じた。

          ちなみに今年大流行しているインフルエンザや、年々増加する花粉症。そしてノロウィルスなど、これらも目に見えるものではなく、発症してはじめてわかるものだ。
          また、目に見えない被害とすれば、心の問題がある。
          いわゆる「ストレス」である。
          放射能問題はストレス問題といってもいいのではないだろうか。

          「目に見える被災や被害と、このような目に見えない被災や被害」

          後者については、東日本大震災被災地だけの問題ではない。
          人間すべての問題ではないだろうか?
          つまり、日本人、いや人間すべてが当事者とは言えないだろうか。

          心が辛くなったり、苦しくなった経験は誰にでも少なからずあるであろう。
          つまりは、経験者であり、当事者だったわけである。
          その時、本当に必要なものは何だっただろうか?
          一時的なお金やモノもあったかもしれないが、そのことだけで本質的な問題は解決しないことを経験者は知っている。

          経営、借金、いじめ、人間関係、病気、事故等・・・。

          もしかしたら、3.11の震災者支援は、お金やモノの支援も重要だが、それ以上に重要なことはそこかもしれない。

          ●県外避難者数
          東日本大震災の影響で、被災地から県外への避難者は全国に33万人。
          関東だけでも2万7千人である。(2011/12/7 東日本大震災復興対策本部発表)
          その中で、福島県からの県外避難者数は6万2千人。(2012/2 福島県復興対策本部HP)

          単純に計算してみた
          日本人1億2,700万人。避難者33万。
          つまり一人当たり384人である。
          一人を何らかの形で384人が支えたとしたならば・・・
          また、その384人もそれぞれに大なり小なりの問題を抱えて生きているであろうから、相互に支えあったとしたならば・・・

          心の問題を互いに支え合うような日本人だったとしたら、その国は住む人にとって、決して悪くないはずだ

          私にも、決して多くはないが、苦しい時、辛い時、「苦しい」と言える仲間がいる
          言ったところでどうなるものでないことも分かっているが、言えることができるだけでも大変ありがたく思っている。
          最終的には自分でなんとかせねばならないことも分かってはいるが、話しただけでも頭の中の混乱がおさまる事もある。
          おさまると冷静に考えられるし、冷静に考えてみると、活路が見えてくることもある。

          余談だが
          私は南アフリカ大統領・ネルソン・マンデラを描いた「インビクタス/負けざる者たち」という映画が大好きで、なにかあるたびにそのDVDを見る。

          ▼県外避難者支援団体「むすびば 札幌」さんが、避難者と一緒に作った「明日への手紙」
           


          2012年01月12日のつぶやき

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            19:04
            福島の避難者に仕事を! http://t.co/EanrVrlh #jugem_blog

            福島の避難者に仕事を!

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              今年も不思議な現象は相変わらず続いている。
              壁が出てくると、不思議と解決してくれる人がどこからか出てきてくれる。

              年始から、福島から首都圏に避難されてきた方々へのヒアリングをスタートした。
              昨日も何人かの福島の避難者にお会いした。
              聞いてみると、私が想像していなかった事実が沢山見えてきた。

              例えば、都内の避難場所である某都営住宅では、いわきナンバーの車は駐車場に並んではいるが、誰がどこに入居しているのか、お互いほとんど知らないとのことだった。
              理由は、その建物では空部屋が各階バラバラで、まとまって移転できたわけではないからとのこと。

              私はてっきり、避難してきた方々は全員ではないにしても、知り合いが一緒に越してきているものだと思っていた。
              更に、福島弁を外で話すことが恥ずかしいため、近隣の方々との会話を避ける人もいるとのことだった。それでは孤独になるのは当たり前だ。

              昨年、そんな方々に、「在宅でできる事務仕事を提供したい」と言ってきてくれた社長がいた。
              その会社は、小さなお子さんがいたり、介護の必要な家族がいることで、働きに出ることができないお母さんたちに、在宅でできる仕事を提供している。
              ただ、パソコンなどのスキルが必要なものが多いため、まずはどのようなスキルのある方がいるのか把握する必要があり、ヒアリング先を探していた。

              どこにどのような方がいるのか行政に聞いても教えてくれないため、一人一人当たっていくしかなかった。

              今日、ある新聞記者さんから電話がかかってきた。
              すると、ちょうど避難している福島のお母さんたちが全国ネットワークをつくるとの情報をくれた。
              やはり、小さいお子さんを持った方々も多いらしく、また、まさに仕事も探しているとのことだった。

              イメージして欲しい
              福島にはお父さんがひとり残って働き、切り詰めて仕送りをしている。
              お母さんや子供たちはお父さんのいない状況の中、なんとか都会の生活に馴染もうとしている。
              友達が近所にいればまだいいが、もし、1世帯だけだったとするとかなり心細いことであろう。

              今後の子供の教育費や生活のことを考えたら、できるだけ貯金には手をつけたくなく、むしろ貯金を増やさねばならないと思うだろう。
              だから、お母たちのネットワークができて当然と思うし、できれば都会のお母さんたちともうまく連携できたらと思う。

              今回の在宅の仕事がうまく提供できたら、いろいろなものが変わってくると思う。
              収入だけでなく、都内の人とのネットワークもできてくるであろう。
              ただ、お年寄りにはパソコンは難しいと思うので、ほかの何かを見つける必要があるが。

              東京育ちの人間としては、今後、福島かどこかに行ったとしても、東京嫌いにさせてはならないと思っておる。
              そのためにはやはりもっとヒアリングというか「対話」の機会が必要ではないかと感じている。

              とりあえず、少し前進した。

              2012年の目標

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                 昨年の年始には、まさかこのような2011年になるとは、そしてまさか被災地復興支援活動をするとは夢にも思ってはいませんでした。
                そんな「まさか」の連続の年でした。
                これは私だけでなく、多くの方々がそう思ったことでしょう。

                しかし思い返してみると、2008年のリーマンショックの時もそうでした。
                「まさか」という言葉をあちこちでたくさん聞いた記憶があります。

                「まさか」を辞書で調べてみると「予期しない緊急の事態にあること」とあります。
                2012年もきっと多くの「まさか」が出てくることでしょう。
                だから、今年は「まさか」は確実にやってくる!と考えることにしました。

                2011年3月に(株)下請の底力の有志で「チームともだち」を結成し、被災地を何十回と往復しました。
                そして、支援活動をしながら地元の方々とたくさん話をしました。

                そんな9ヶ月間を過ごし、改めてひとつの結論にたどり着きました。
                それは被災地でもそうでない場所でも、最後には「人の心」次第で、いいようにも悪いようにもなるということ。

                2011.3.11の東日本大震災は、戦争を知らない世代や、被災経験のない者にとって、とてもショッキングな出来事でした。
                そして放射能の問題は、福島の人だけでなく、東北、関東人にとっては、今でも予断を許さない状況です。

                今回の問題は、今年の子供たちの歴史の教科書に載ることでしょう。
                そして、今後、永遠に載りづつける大きな出来事です。

                今の子供たちが大人になったとき、そして、その子孫が出来たときに、FUKUSHIMAやJAPANはどんな国になっているのでしょうか!?

                平和な国になっているのか、それとも・・・
                それを決めるのは、今、この時代に生きている我々の「心」しかありません。
                誰が決めるわけでなく、自分たちが決め、そしてつくっていかねばならないのです。
                さすがにもう、人ごとでは済まされない問題です。

                「国民一人一人が『どうしたらもっとよく(幸せ)になるか?』を日々真剣に考える国」

                昔からの私の夢でもありますが、今こそ「困ってる人を助けて、みんなで幸せになろう!」と、行動や発言をする時です。

                「みんなで幸せになるなんて資本主義ではありえない」なんていう輩がいるのなら、そんな資本主義はクソくらえ。
                「弱肉強食が当たり前で、強いものしか生き残れない」なんていうなら、そんな常識もクソくらえ。

                今、お金がある人
                今は借金だらけの人
                家も船も流されてしまった人
                病人を抱えている人
                家族を失った人
                仕事を失った人
                仕事場を流された人
                汚染地域の人
                傷つけられた人

                今、いろんな人がいます。
                そしていろいな立場でいます。
                だから、意見が食い違って当たり前。

                青臭いと思われるかもしれませんが、その立場で物事を考えるのでなく、一旦シフトし、共通の目標に向かっていけたらきっと子孫たちに誇れる国になるのではと信じています。
                その共通の目標とは、「心が幸せな国」ではないかと思うのです。
                (表現の仕方はいろいろあると思いますが)

                宗教もいろいろありますが、復興10年間だけでも、一丸となってくれないだろうか?
                政治家も企業も近隣地域も、この10年間だけは敵味方にわかれない10年間になってくれないものだろうか?
                私利私欲を持たない10年間になってくれないだろうか?
                そうしたら、2022年からきっと素晴らしい国になると思うのだけど。


                数十年後、小さな子供たちに聞かれるかもしれません。

                「2011年〜2021年頃って、日本も世界も大変だったんだね。その時、おじいちゃんやおばあちゃんたちは何をしてたの?」

                今のみんなの行動でその答えは変わってきます。

                では、私に何ができるだろうか?
                頭が良くないから悩んでもわからないので、今年もあれこれできる限り動いていきます。
                よかったら、一緒に活動していきましょう!

                東北グランマのクリスマスツリーin上野

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                  111122_1411~01.jpg
                  東北のお母さんたちと、チームともだちのみんなで企画、制作したオーナメントが、JRとタイアップして上野駅の8メートルのツリーに飾られています。
                  このオーナメントは南三陸町のお母さんたちがつくってくれました
                  登内
                  from Y.TONOUCHI

                  チラシ配布

                  0

                    今日は、来週開催するチャリティートークイベントのチラシを配布してきた。

                    配布場所は
                    銀座(いわて銀河プラザ)
                    池袋(宮城ふるさとプラザ)



                    川辺さん(上)も一緒でしたが、チラシ配布なんてどれくらいぶりだろう。
                    立ちっぱなしで足が痛い。
                    でも、たくさんの人に来て欲しいからがんばろう


                    ●被災者によるチャリティートークイベント
                    −涙と感動の2日間−
                    東日本大震災の被災者の「生の声」を聞こう!
                    2011年10月9日(日)・10日(月祝)13:00〜16:30予定
                    場所 銀座
                    会費 無料(募金の協力をお願いします)
                    http://tomodachi.in/event/index.html

                    岩手と宮城の4人の被災者の方々に来て頂いて、テレビやニュースでは報道されない「今の真実」と「これから」について話していただきます。
                    ・縫製工場の社長
                    ・小学校の先生
                    ・漁師たち


                    グランマクリスマスオーナメント 記者発表

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                    本日、チームともだちのプロジェクトのひとつ「東北グランマクリスマスオーナメントプロジェクト」を記者発表しました




                    チームともだちはの活動目的は二つです

                    ●仕事を失った被災地に働く場所をつくること

                    ●こどもたちの自立を応援をする事


                    今回の「グランマプロジェクト」は前者の活動の一環です。

                    「被災地の女性に働く場所をつくろう!」と、チームともだちの理事の渡邉智恵子さんが企画しました。


                    今回、記者発表したのは、そのグランマ活動の中の「X'masオーナメントプロジェクト」です。

                    渡邉さんの会社(アバンティ)のオーガニックコットンの残布を活用し、被災地のお母さんたちにX'masオーナメントをつくってもらうというものです。
                    残布が足りない場合は、新品も使います。



                    その仕事では、決して「生活するに十分な報酬」にはならないかもしれませんが、「生きがいだった仕事」が急に無くなってしまった方々が「次に進むための何かのきっかけになれば・・・」と思い、スタートしました。

                    そのオーナメントの販売先を現在開拓中ですので、もしご賛同いただける方がおられましたらご連絡ください。




                    6月に「北三陸の商品を売るプロジェクト」をやりました。
                    被災地の方々との仕事のはじめての試みでした。

                    今回は現地のものを売るだけでなく、被災地の方々と新たな仕事づくりを挑戦中です。

                    他の団体さんも同様の経験があると思いますが、いざやってみるといろいろ難しい壁にぶち当たります。

                    一重に「被災地の方々」と言っても、地域や人によって状況や考え方は様々です。
                    よって、我々はよかれと思ってやっている事も、現地ではそうではない事もあります。

                    壁にぶち当たりながらいろいろ学びました。

                    我々支援チームがしなければならない事は、現地やその方の状況はもちろん、今までの歴史や文化、考え方をきちんと理解した上でトライしないといけないと言う事。
                    普段は仕事や人間関係で当たり前に出来ている事が、距離が遠かったり、時間がかかると言う理由で、コミュニケーションの取り方がおろそかになり、誤解を与えてしまう事に繋がります。

                    だからと言って、恐れてばかりでは行動できないわけで、すべて熟知出来なくても進めていかねばならない事も多々あります。

                    いずれにせよ、とても難しく、やりがいのあるテーマを与えられたと思います。

                    無理に焦らず、だからといって、被災者にとって手遅れにならないスピードで進めるノウハウを蓄積中です。

                    最後はお互いがハッピーになれる事を信じて頑張ります


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                    • 被災地と被災地以外のこどもたちによる、コラボこども新聞が遂に完成しました
                      美幌音楽人 加藤雅夫

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